白木蓮の庭

あの日を思い出して。

6月9日 晴れ

たとえ、本当は私にもしっかりと非がある事でも…表せないことがある。

 

虚勢とはまた違うと思う。見栄でもないと思う。

小さな世界の中だけど、弱い表現はできない時があると思ってる。

 

私がいくら『●●賞』とかもらっても、本当に伝えたいことが上手になってるかと言われ

てみれば下手くそなままだし。むしろそんな飾りがついちゃって、余計な誤解が生まれ

るかもしれないと思ってる。伝え方が「やたらと説得力がある」なんて言われたことが

何度もあるくらい、私の言葉は重く強いのだそう。

 

私は私なりに、言葉を交流と武器とに使い分けるとき何点か気を付けてることがある。

そう、言葉は交流のツールだけど、武器になることも理解していないとならない。

きっとたくさんの人が、無意識でやってる考えの行動だと思う。

だから、私にとっては「交流ツール」であっても別の人には「ナイフの切っ先」だった

りもする。無意識だとそういう誤解・齟齬が出やすいのは、もちろんのこと。だって、

言葉を放った後の到達地点があいまいだから。

 

私は「どんな人に」「どんな気持ちになってほしいか」大まかにではあるけど、できる

だけ意識して発言してるつもりなの。

例えば、久しぶりに会う友達に喜んでもらいたい。とか、趣味の中の「公」と「私」の

区別を自分なりにはっきりさせるため。…とか。

…表現に、正解はないと思う。

なぜなら受け取るのは人間だから。

その人なりの人生に基づいた考え方が、どうしても私の考えや表現では正しく伝わらな

いこともある。そもそも、言葉に正しいってあるのかね;

まぁ、私が思うようには、なかなか伝わらない。

 

それでも…下手でも、正しくなくても「伝えることを放棄しないこと」が大切なんじゃ

ないかなと思うよ。言わないから何も思ってないなんて、思わないでね…。

 

私が言葉にしてるのは、たくさんある思いの内の一部だよ。

君もいろんな思いがあると思う。

私の言葉の取り出し方が下手でごめん。

…そういう奴もいたんだな。って、思い返すことがあったら嬉しい。

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

εїз

器用になれたら、いいのになぁ。