白木蓮の庭

あの日を思い出して。

3月11日 晴れ

15年経った今でも、震源地から遠くても、地震のことを思い出します。

 

私は当時、進学と就職のために住んでいた札幌から、心労のため両親に故郷の街へ戻さ

れて実家に居候していた頃で、当時実家で飼ってた猫のこまちを相手に、ギターを弾き

ながら部屋で歌っておりました。

時計を見ず、気持ちを晴らすように音楽に集中していましたが…突然、今まで感じたこ

とないような揺れを感じて、不安になりました。

…子供の頃に北海道南西沖や釧路沖は経験していたけど、今回のはなんか違うな…と思

いました。揺れ方が違った気がしました。…ギターを抱えながらこまちに目を向けると

彼女は目を細めて香箱座りをしてこちらを見てきたので「ここは安全なんだな」と思っ

て、揺れが収まるまでこまちのそばにいました。

 

実家は高台にありますが、川が近いんですよね。だから増水が気になっていたけど…。

状況を知るためにTVをつけたら、東北の各地を上空から撮影している映像や局の様子、

原子力発電所の状況や、混乱の中で必死に対応している人たちの映像が目に入りまし

た。…どうしたものかと思いました。

私の命はひとまず大丈夫だけど、この時期は父が家にいないし…母も仕事で家を空けて

いましたから。津波や河川の増水で道路がふさがる前に家に帰ってきてほしいなと思っ

ていたのを思い出します。

幸い、母は帰宅に間に合い安全を確認し合うことができました。

だけど…それから数日、どんな風に過ごしていたのか思い出せません。

 

単に15年という月日で、記憶の隅に残されて思い出せないだけかもしれないね。

でも、地震があった瞬間のことはよく思い出せるのに…そこから日常に戻っていく日々

は不思議なくらいどんな行動をしていたのか思い出せないのも不思議です。

…それでも、まだ雪が降るこの時期「東北の人達は、寒くて切ないだろうな…」と胸に

抱えていた気がします。

 

 

ネット上では、個人が「特定されるようなアイテムを晒さない方が良い」のだとさんざ

ん言われてますけど…このマスコットたちは私の大切なアイテムなので、もし紛失して

しまったときを思って、時々ブログなどにアップしているんですよね。

 

そろそろ、ゆうたろう(クマの方)を洗ってあげないとなぁ…。

手洗いで良いのかな?

破けないように、優しく洗ってあげようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

εїз

SNSを通してたくさんの国の人達に助けられて…今こうしていられるんだと感じてます。